プーランク:歌曲集(2)
修道士と無頼漢の顔を併せ持つと評された作曲家・プーランクの歌曲集。時に死への憧憬すら思わせるメランコリックな曲から、歌詞を見ながら聴いていると吹き出してしまうようなユーモラスなエスプリに満ちた曲まで幅広く表現するのは、決して簡単ではないと思う。このディスクでこれに挑戦しているロットは持ち前の表情豊かな声を駆使して哀しみと滑稽の間を見事に往来しており、聴き応えは十分である。
この両極の表現力を確かめるのに最も相応しい曲は「ルイ・アラゴンの詩による2つの歌」であろう。
1曲目「C」はぞっとするほど妖艶な、聴きようによれば宗教的ともとれる暗い情熱に満ちている。ロットの歌声はデリケートに震え、抑制された感情の昂ぶりを慎重に歌い出す。
これに対して2曲目「みやびやかな宴」はひどく狂騒的に陽気な歌で、シャンデリアがきらめくようなロジェの華やかなピアノとイギリス出身の(!)ロットが挑戦するフランス語による凄まじい早口が見物だ。初めて聴いた人は必ず唖然とするであろう単純な音楽であるが、これもまた生粋のパリジャン・プーランクならではの味。スピードの生み出す快楽に酔いしれるのも楽しい。今のところ私が聴いた「みやびやかな宴」の中ではこの録音が最も速く、ゴージャスで、楽しい。
ヨーロッパの刺繍手帖
読みものであってパターンブックではありません(間違えるとかなり悲しいのでご注意。)
ヨーロッパの刺繍にまつわる歴史的な話が7篇。合間に、現代のお店や作家さんのお話が
挟まっている、という構成になっています。
巻末には『刺繍スポット街めぐり』なるものがついていて、刺繍の完成品や材料を
買うことのできるお店が紹介されています。
きちんと章立てられている最初から順に読んでいくための本、というより
ページ順に読んでいくと話題があちこちへ飛ぶ、雑談のような『興味の赴くままでたらめ』さを持つ
つくりになっています。(もちろん目次はついていますが)
本の構成や情報の密度、小さめの本のサイズからしても、雑学的な小話の集まりという印象を受ける本です。
値段のことも考え合わせて、評価は3。
刺繍についておしゃべりを楽しむような、軽い気持ちで読むに良い本かもしれません。
追記:歴史に関するお話は『大塚あや子』さんから伺ったものだそうです。
パターンブックを出していらっしゃる作家さんなので、この本で刺繍に惹かれた方は
探してみると良いかもしれません。
イレーヌ (白水Uブックス)
俺を起すな、こん畜生、ろくでなしめ――意表をついた激越な調子で始まる本書。自動記述(オートマティック・ライティング)による不可解な文章が数ページ続いた後、「イレーヌ」という女性の幻影を追って浮世離れした挑発的なドラマが語られていく。
内面凝視の詩的独白あり、イリュージョナルな情景描写あり、霊妙神秘なる女体スケッチあり、生々しい愛欲シーンあり……。創意に満ちた絢爛たるレトリックを基調に、猥雑極まる口語、アナーキーな比喩、毒気あふれる諧謔を炸裂させた〈超誨淫の書〉だ。
序文を書いているシュール系作家A・マンディアルグは「独創性、非凡なイメージ、熱気、辛辣、激しさ、優しさ、色彩性、音楽性、さらに余裕と遊びの風情など、どれひとつとして欠けてはいない」と作品を讃え、その表現世界は大部分においてロートレアモンの衣鉢を継いでいると指摘。なるほど、「ミシンとコウモリ傘との……」で知られる、かの優美なる残酷の叙事詩「マルドロールの歌」を随所で彷彿とさせるものがある。
また、訳者の生田氏は「精神の自由と想像力の勝利を、それにふさわしい〈不埒な〉形式で高らかに歌い上げ」た作品と位置づけ、言葉のパロディーはロートレアモンほか、ランボー、ブルトン、スタンダール、コンスタンらにまで及ぶとしている。
この芸術的資質と俗物性の奇妙な混淆をみせる作品の珍味佳肴を盛った部分は、実際に読んで体感していただくほかあるまい。たとえば、こんな叫びを……イレーヌのえも言われぬ××××よ!
ハヴァナ・ジャム(紙ジャケット仕様)
'70s末に行われた一大セッションの記録に留まらず、米/キューバという政治体制の壁を乗り越えて実現されたという点でも、両国のアーティストが一同に会したという点でも非常に興味深い記録ではないかと思います。
多数のアーティストが出演していますので、聴き所もいろいろとあるかと思いますが、個人的には[D1-2]のイラケレ、[D-3]のスティーブン・スティルス、[D2-3]のリタ・クーリッジ、[D2-7]トリオ・オブ・ドゥーム(J.パストリアス、J.マクラフリン、T.ウィリアムス)辺りに大いに惹かれます。
とりわけ、イラケレの圧倒的な演奏力/表現力の高さに脱帽し、あえてスパニッシュな歌詞、楽曲で非常に素晴らしい作品に仕上げたS.スティルスへの入れ込み度は格別です(^^;
上記以外にも、当時のCBSレーベルに所属していたジャズ・プレーヤー達(ジミー・ヒースやボビー・ハッチャーソン、アーサー・ブライス etc.)のセッションやキューバでの人気アーティスト作品が聴けるなど、カラフルでヴァラエティ豊かなレコーディングだと思います。
31km [DVD]
ブルーを基調とした美しい映像、スタイリッシュな演出、突き刺さるような迫力の音響効果。
しかし、ストーリー自体はありがちな亡霊が登場するオカルトもの。
映像表現的にはいわゆる「Jホラー」の影響をかなり受けており
(具体的に言うと「リング」や「呪怨」など)、見せ方は巧いものの
あまりにもオリジナリティが感じられず、見てて白けてしまうものがあります。
それでも「お化け映画」としては及第点のデキではあると思います。
かなりイヤな感じで幕を閉じるラストシーンが個人的には○。